エリトリア遠征2.遂にエリトリアだ🇪🇷

最終更新: 2019年6月6日

アディスアベバに到着した頃には、マレの症状は劇的に改善し、普通に歩けるようになったし、トイレの中の苦しみは嘘のように姿を消した。

ただ疲労感と倦怠感が残った。

搭乗ゲート前に集合したとき、

後援会会長堤が言った。

「皆さん、祈りましょう。祈りが必要です」

座長のマレは牧師の顔を持つから、要所要所で安全や祝福のために皆を集めて祈る。

イスラエルでは古代から、家長が食前に祈りを捧げるのが「責任」であったように、

マレは座長として祈りを捧げるのだ。

だがマレのコンディションが優れないとき、代わりに堤がその掛け声をかけた。

堤は20年以上も伊勢神宮の案内を務める男だ。

堤は、マレの語る聖書の教えに同意する神道者だ。

一同は堤の祈りに心を合わせた。


苦しみが嘘のうように歩けるようになったMarre

ここから乗り継いで、いよいよアスマラ国際空港へ向かう。

約一時間半のフライトだ。

窮屈な機内でも苦痛を味わうことはなく無事にアスマラ国際空港に到着した。



一体あれはなんだったのか???

嘘のような回復だ。



そして、2018年5月18日、午前11時過ぎ、ほぼ24時間の長旅の末、我々はついにアスマラ国際空港に降り立った。

快晴で暑い。

空が澄んでいてでラリベラを思い出す。

ラリベラよりは低いが高所であることに変わりはない。

標高は2300メートルだ。


無事にアスマラに降り立ったマレに小林が言う。

「マレさん、この方がエアポートマネジャーらしく、みなさんと一緒に写真をとりたいと言ってます」

どうやら写真をウェブサイトにのせて宣伝してくれるということらしい。

とても嬉しそうにしている。

彼は現地の職員、つまりエリトリア人だ。

しばらく待っていると、パイロットやクルーもやってきて、飛行機の外で記念のショット。

こんなことは日本では起こらない。

ここはエリトリア。

おおらかだ。

我々は、アフリカの北朝鮮とはどんな国かと期待と不安を胸に抱いていたが、第一歩を踏みしめた瞬間から「人の優しさ」と「歓迎されている」という喜びを感じながら空港の建物へと向かった。

エリトリア唯一の国際空港

キャプテンもクルーも揃っての記念撮影

アスマラ国際空港は、エリトリア唯一の国際空港だ。

キックバックの地元調布飛行場よりもはるかに小さい。

我々が乗ってきた機体以外、他に何も見当たらない。


大量の荷物も無事に一つも欠けることなく到着した。

アメリカのカンザスでさえ荷物が全部届かなかった。

しかし、東アフリカの小国エリトリアでは全部無事に到着した。


無事に現地で夏子とも合流!

到着ロビーから外に通じる一本の屋根付き通路がある。

全員そこを通らなければ外に出れない。

通路のあちら側では家族や親戚と感動の再会を果たしている者たちが喜びの抱擁をしている。

エチオピアでもそうだったが、白い民族衣装をきて、アフリカの人々独特の喜びの奇声を上げている女性もいる。

「アフリカにきたなー」

文化スポーツ庁のアブドルさんという方が迎えにきてくれていた。


文化スポーツ庁のアブドルさんが迎えに

荷物用のトラックに機材をローディングする。

屋根付きじゃないトラックだ。

晴れていてよかった。



迎えにきたマイクロバスには、エリトリアスポーツセンターナショナルチームと書いてある。

ナショナルチームのバスをわざわざまわしてくれたんだなと感動しながら中にはいると、

かなり年季がはいっているこれもまたアフリカだ。

幸いにしてこのバスは2日後にはエンストを起こし動かなくなったので、真新しい綺麗なマイクロバスに変わった。


2日目に新しいバスに変わった

車の絶対量は少ない。

高い建物もないので空が近い。

5分も走るとすぐに市街地にはいる。

アスマラは全てがコンパクトだ。

程なく、エリトリアでのヘヴニーズの拠点となるSunshine Hotelに到着した。

アスマラで三番目に人気のホテルで、口コミも悪くない。

ロビーの様子はヨーロッパ調だ。

右奥にはピアノバーの看板が見える。

一見して綺麗。

アフリカに来たぞ!という覚悟を決めなければならないようなホテルではないように見える。


さっそく劇場の下見にいくチームと、部屋を整理するチームとに分かれた。

渡航前のオリエンテーションで、帯同するドクターから「エリトリアは日本と違って下水処理がなされていないから、水は絶対に飲めないし、歯磨きもペットボトルの水を使ようにしてください」と注意を受けている。

日本は世界一の衛生国家だ。

水道水を普通に飲める国は世界に多くない。

また、何もかもが抗菌、除菌対応だから、その環境でなれてしまっている日本人は、そうでない国ではほぼ必ずお腹をこわすし、地元の環境に対応できる腸内菌がふえて、体がなれるまでには時間がかかる。

短期間の滞在で、しかも「本番」がある場合、とにもかくにも水と食べ物には気をつけなくてはならない。


エチオピアではひどい状態になってしまった教訓をしかし、IkkiとMotoki(今回も同部屋)は、こちらの食べモノは絶対に食べない覚悟で、完全自炊の体制で食物をもってきている。



これでのりきります!

さらには、表面的に綺麗でも、日本にはない病原菌が存在しているので、徹底的に部屋を吹き上げて除菌をしたり、南京虫にさされないための対策で蚊帳を準備してきたもの、ベッドをビニールシートで覆うものもいる。

ちなみに、我々は、ビニールシート➕蚊帳の完全防虫。

これでやられたら笑うしかない。

でもこのホテルはバックバッカーがとまるような安宿じゃないので虫もいなかった。





劇場下見から戻るチーム


ネット環境はすこぶる悪い。

FBにもつながらない。

このシーズン、政府の規制だろうか。

世界中からエリトリア人が独立記念を祝うために帰ってくるからだ。

不都合な情報が世界に発信されないための処置なのだろうか。


夕方から6時半まで停電になった。

計画停電だ。

人が増えると電気の供給量が追いつかないので、政府がコントロールする。

これは仕方がないことだが、ホテルの人たちも含めて庶民は、いつどこの地域が停電するかを知らせない。

いきなり停電するので、停電になったらしばらくう様子をみて、自前のジェネレーターを起動するということにしているらしい。


午後7時から、一階の食堂で全体ミーティング。

こちらにきてわかったのは文化スポーツ庁は、我々を歓待するため、いろいろな予定を組んでくれていたということだ。

しかし、それが全く伝わってなかったことが問題だ。


ミーティングの席で、今回の旅がいかに特殊なものであるかについて、渡航前のオリエンテーションでもすでに語られていたが、再びマレから話があった。


「私たちにとっては、初めての独裁国家。アフリカの北朝鮮だと言われている国に私たちは

 今います。この国には日本人が一人しか住んでいません。日本が最も知られていない国 

 です。

 近い将来、日本大使館が設置されるためのbridgeとなるようにと、私たちは国際交流基金

 の支援事業としてこの国にいるのです。

 私たちは「民間外交使節団」を自負していますが、今まで以上に今回はその自覚を強く持

 ってください。

 この国の人が見る日本人は、私たちだけなのです。いつ、どこで、誰からみられているか

 わかりません。

 彼らは、私たちを見て、日本を判断します。

 ですから何をやっていても、どんなときも、日本を代表しているという意識を忘れず、そ

 れにふさわしい行動をしてください」


また、マレは古代イスラエルの賢者パウロの言葉を引用した。

こういうことばがある。


2コリント12:9 しかし、 主は、 「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言われたのです。ですから、 私は、キリストの力が私をおおうために、 むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。


キリストの使徒として有名なパウロという人物も持病をもっていた。

それは彼にとっては極めて不都合であった。

彼をそれが取り去られるように心を注ぎ出して神に三度も祈ったという。

すると、上記のような啓示を受け、それ以降は、その病状をむしろ誇るようになったというのだ。


なぜなら、それがあることで、プウロは自分が高ぶらずに済むことを理解したからだ。

また、自分が弱ければ弱いほど、自分の力では「ことを成し遂げられない」と自覚し、より一層に神に向かって祈るようになる自分を自覚したからだ。


激しい苦痛の中で、マレは今回の旅でステージに立てないかもしれないと思っていた。

『メンバーに全てを託し、自分は後方支援するのが役割なのか』

そう思うほどの苦しみだった。

自分の力でことを行おうとすることなど不可能と思っていた。


マレは言った。

「皆さんにご心配をおかけしてすみません。自分に起こったことは、このパウロの言葉を思

 い起こさせてくれるものでした。自分が何様であるかのように思い上がらず、自分が何か

 成し遂げられると思うのではなく、天から与えられる恵を正しい心を受け取ること。


 皆が心を一つにして、私たちがこの国に送られてきた目的が、余すことなく実現すること

 に心を砕き祈るなら、きっとこの旅は祝福されるでしょう」


自分たちの音楽家としての技量や経験、いままでの実績を誇らず、それらを天から「与えていただいたもの」と考え、「奉納」の心で天にお返しするという基本からずれずに、国際交流基金の支援を初め、多くの賛同者の方々の援助を受けていることの重さを自覚して、まっすぐな心でことにあたること。


エリトリア遠征の初日、HEAVENESE一行は音楽外交使節団としてのミッションの意味と、そこに携わるものとしての態度について、マレが倒れるという出来事を通してハードウエイで確認したのだった。


夜、遠くから、民族音楽の警戒なリズムが聞こえてくる。

随分遅くまで、子供たちも外で騒ぐ声がする。

音だけ聞いていると日本人に聞こえてくる。

ソロモン王の末裔の国だから、古代でつながっているのだろうというロマンに胸が踊る。

遠い日本に思いをはせながら、エリトリア初日が終わっていった。